一海漫遊記【嵐山2004年】

2004年10月17日~京都嵐山の旅~
 是非是非紅葉をーーーと意気込んで京都嵐山で向いました。しかし!2004年はつにかく暑かったですね。10月半ばでしたが、実質は9月のような気温で、紅葉狩をすることは出来ませんでした。残念ながら紅葉は見れませんでしたが、最も気持ちの良い秋の嵐山は最高で、HaNiWa☆と馬鹿な冗談を言いながら天竜寺へと向いました。
渡月橋
 天竜寺は京都五山第一の禅寺で、後醍醐天皇の冥福を祈って建立されました。この地には大覚寺統の祖である亀山天皇やその父・後嵯峨天皇が隠居されていた地で、その子孫たる後醍醐天皇も幼い頃に住んでいたそうです。その思い出の地に足利尊氏が夢想国師をして建立したのが天竜寺です。あまりにも濃い歴史が天竜寺や嵐山には詰まっており、中々先に足が進みませんでした^^
京都五山・天竜寺
後醍醐天皇廟

夢想国師作の名庭
 庭のことはよくわからないのですが、最近は庭が何故良いのかわかるような気がしてきました。今年に入って自転車イベントで山などに行くのですが、庭は自然を取り入れていながらも自然そのものではない、とよく実感します。山など自然の中にいますと確かに癒されるのですが、どこか警戒している自分に気付きます。しかし庭を見ていますとそんな警戒心などなくなり、心が休まります。昔とある映画で「田舎を自然だと思っているでしょう? でも田舎の風景もまた人の造り出したものなんですよ」といった内容の台詞を話していました。庭を見てなぜ落ち着くのか・・・それは最も良い人と自然の調和を表現しているからではないのでは・・・と考えてしまいます。また京都の庭は特にその調和が素晴らしく、多くの人を惹きつけていると思えて仕方がありません。
 天竜寺の庭はまさに究極の調和を表現した作品だと言えると思います。
常寂光寺
 しかしこの日は何と言いますか、本当に何にも考えていなかった一日でした。常寂光寺でまたのほほんと庭を眺めたり、
野宮神社
ただ単に源氏物語の縁の野宮神社を横目で見たり・・・
嵯峨野といえば竹林
そして装束姿で竹林の道を歩きたいな、と感じたり・・・
卵たっぷりの焼プリン!
更には卵たっぷりの焼ぷりんに舌鼓を打ち、
祇王寺
平家物語で清盛との悲恋の主人公・祇王と縁のある祇王寺へ立ち寄ったりなどと、のんびりと、そしてほとんど何も考えずに先へと進みました。その途中で私の極めて馬鹿な替え歌やら、似てもしない物真似などをして仏野念仏寺へと向いました。
仏野念仏寺
 この仏野念仏寺ですがHaNiWa☆の要望で立ち寄りました。このお寺は水子を供養することで有名です。お盆の時は小さな石仏に蝋燭が灯され、独特の雰囲気を醸し出します。この日はその情景は見れませんでしたが、並ぶ石仏群は幻想的というよりも刹那的な情景で、とても寂しい気持ちになります。
左がゆずソフト、右が何と豆腐ソフト^^
 さてその仏野念仏寺で発見しましたのがこのソフトです。ゆずと豆腐です。豆腐は迷わず私が即購入してしまいました^^その時お店の人が「醤油、かけます?」と聞かれた時にも迷わず「是非!」と即答してしまいました。ところがこれは単なる冗談で「何だ、本当にかけないのか」とガッカリしてしまいました^^;しかしこの豆腐ソフトですがとてもあっさりしていました。
大覚寺
最後に向いましたのが大覚寺です。大覚寺は南北朝の動乱を象徴した場所です。ここから分かれ、かつ合一したのもこのお寺です。大覚寺には「南北朝合一の間」という部屋があります。しかしその後は幕府の約束違反等もあり、応仁の乱まで南北朝の余波が続き、ついには戦国時代へと突入してしまいます。いつの時代も和平交渉は難しいものだとついつい「南北朝合一の間」を見ながら思いを馳せてしまいました。
御座所的な場所に弱い一海^^;
大覚寺の庭でのんびり~
 ちなみにこの大覚寺はよく時代劇のロケ地として使用されています。確かに周りには余計な建物もなく、ロケ地には最高だと思います。ただ残念なのは本堂が工事中だったことでしょうか・・・。
大沢の池
 とにもかくにもこの日はのんびりとすることが出来ました。予定を立て、それ以上に滅茶苦茶に回りまくる旅行も好きなのですが、何も考えないのんびりした旅行も最高です。また嵐山には遊びに行きたいですね^^

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