一海漫遊記【法隆寺2004年】

法隆寺の旅~2004年1月28日
「あーーー、旅行へ行きてえええ」という鬱憤がたまっていた一月中旬に法隆寺へ行こうと決めました。法隆寺へは車で連れていってもらったことは何度かあったのですが、自力で行くのは今回が初めてでした。
 法隆寺へはJRの法隆寺駅で下車し、そこから徒歩15~20分ほどで到着します。この日は素晴らしいほどの晴天で覚えたての漢詩を暗誦しながら足を進めました。その詩は曹操の『短歌行』です。
「酒に対いて当に歌うべし 人生幾何ぞ 譬えば朝露の如し 去りゆく日は苦だ多し-」
と端から見ればただの変な人になってましたが、晴天のもとに詠む漢詩は最高でした(←病気です^^;)


一海魂を揺さぶった看板?
さて法隆寺へ到着して目にしましたのは駐車場にあった聖徳太子の看板です。いきなりの脱線でしたが、また合成に使ってやろうかと思い、思わず写真を撮ってしまいました。どうも最近は体がネタ探し状態になってしまい、困っています^^;

 そしていよいよ法隆寺境内です。法隆寺はご存知日本初の世界文化遺産に指定された世界最古の木造建築物です。また聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うために建立されたというのが伝記となっています。ただ私的には聖徳太子不在説を支持していますので、この伝説は後世に創り上げられたものではないだろうか、と考えています。ここではあまり書くことは出来ませんが、聖徳太子その人ではなく、聖徳太子的な人はいたと考えています。ただその人物が法隆寺を建立したのかどうかはわかりません。いずれにいたしましても法隆寺そのものは素晴らしい建築物で、古の技術と雰囲気を味わうには最高の場所と言えます。


国宝級の建築物
さて法隆寺境内で最初に目にするのは金堂と五重塔です。いずれも国宝で、内部にも国宝級の仏像が安置されています。ちなみに法隆寺で最も高名な金銅釈迦三尊像は金堂にあります。一度法隆寺へ参詣いたしましたら、必見の仏像です。また古の建築技術を見るのも楽しいです。


桂昌院の名前が・・・。


綱吉の安寧を祈る文言も刻まれている。
 次に大講堂へと向かったのですが、その途中に大きな灯篭があります。実はこの灯篭は五代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院が寄贈したものです。その証拠に「母儀桂昌院本庄氏」という文が刻まれています。この桂昌院は熱狂的な仏教信者であちこちのお寺を援助いたしています。ちなみに奈良の大仏を再建しましたのも彼女の願いで将軍綱吉が命じたものです。そのおかげで現在私たちはこの素晴らしい遺産を目にすることが出来るのですが、彼女の信仰はやがて「生類憐みの令」というとんでもない悪法を生み出すことになるのですから、当時の人は大変だったな、と同情してしまいます。この感想は中国で万里の長城に訪れた時も同様でした。


唐の雰囲気が漂う大講堂。
この灯篭の後ろには大講堂があります。この講堂は一度焼失しており、この建築物は平安時代に再建されたものです。しかしその内部は中国的な雰囲気が漂っています。内部に入りますと唐時代にタイムスリップしたような気分になります。今でこそこうしたお寺は日本らしいと感じるかもしれませんが、建立当時は異国情緒溢れる建築物だったに違いありません。史跡を訪れる醍醐味は昔の人々を想いながら拝観するところにあると思います。


独特な建築物・夢殿。
次に向いましたのは夢殿です。八角の屋根が特徴的で、八角といえば夢殿を思い浮かびます。この夢殿も国宝です。奈良・古寺・冬という三つの条件が揃うのが個人的に大好きで、この寒い時期に法隆寺を選んだのはそのためです。凛とした雰囲気が奈良の古寺には本当によく似合います。ましてやこの日はこの上もない晴天。本当にゆっくりと境内を歩いてみました。


夕陽に染まる法隆寺は最高♪

西円堂から見た法隆寺。奈良の街も遠望出来る。
この日は比較的暖かな一日で閉門時間ギリギリまで境内を回っていました。やはり夕陽に染まる法隆寺は最高で、しっかりと写真に収めて参りました。
 こうして今回の旅行も終わりましたが、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごすことが出来ました。やはり旅行はしないと駄目だな、と実感した一日でした^^また奈良には旅したいですね^^

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください