川中島合戦絵巻

in石和温泉

記念画像です。
【画像提供:富楠殿/肥前守左馬之助殿/正臣殿】
隊名
目印
①我ら須田相模隊!

甲援隊の一角



須田相模の甲冑

体育館いっぱいの参加者^^
ついに参りました!最大級の時代祭「石和川中島合戦絵巻」!!
思えば何度も「今度こそは参陣します」と言い続けて数年。ようやくその約定を果たすことが出来ました。石和に到着しての一言は「待たせたな」(大河『新選組!!』の土方調で^^;)でした(←ホンマ待たせすぎ^^;;)
とにもかくにも集合場所の石和北小へ移動です。
前日は仕事のため、副長と一緒に夜行バスで石和へと向いました。そして朝食を取り、石和温泉駅についたのは7時半。集合時間よりも1時間半早い到着です。
ところが既に本多信勝殿が来着され、車で石和北小まで送っていただきました^^
ところがさすがに時間が早く、スタッフの方の到着を待つことに・・・。すると充正殿や富楠殿が早々と到着され、この時点で半分以上が集合していました・・・て皆さん、やる気ありすぎです^^;;
とにもかくにも着替え場所へは一番乗りを果たし、歯止めのきかなくなっている一海は自分の甲冑を組み立ててしまいました^^;
そして甲援隊の参加者全員が揃い、堰を切ったように各自で着替えを開始することとなりました。
②円陣組んで!

結構軽いです。


自己紹介タイム♪

和気藹々♪


真・ガッツポーズ!

武尊殿の代わりに参戦の蘭蝶殿

おなじみのガッツポーズ!!


鈴木殿と多気殿と♪

違い鎌殿と大将ガッツポーズや!!

刺して、刺して??
今回の参加者ですが・・・
【大将】一海
【副将】横内鞠雄殿
【甲援隊士】平知盛殿/富楠殿/正臣殿/国樔左衛門佐充正殿/蘭蝶殿/本多忠勝殿

【援軍】黄龍殿/充正殿の力強き味方の大和衆のお二人
合計十一名と援軍二名がその構成です。十一名には甲援隊の紋「笹竜胆」に因んで笹の葉を目印として配布しました。この笹ですが、目印としてはとても優れており、自分の隊がどこにいるのか後ほど戦場で実証されました^^
さて着替え終了後は邪魔にならないように表に出て自己紹介と掛け声の練習です。その掛け声ですが、大将の私が驚くほど見事に息が合っていました^^;ひとつは京都祭りから幾度も行動を共にした成果でしょうが、石和川中島という甲冑武者憧れのイベントに参加している喜びがそうさせたのかもしれませんね^^
③リハーサル



壮大な参加人数





上杉の諸将

リハーサル
他の隊の方の着替えがすみ、いよいよリハーサルです。上杉方だけでも500人ほど集まっていたように思えますが、さすがにこれだけの人数が集まると壮観です。またこれほどの人数を取りまとめられている主催側の力量はさすがという他ありません^^
ところで今回各隊はそれぞれ工夫を凝らし、独自の目印を付けておられました。
一海の心に残ったのは鈴の目印は素晴らしいと思いました。また旗指物に鯉幟を付けていた隊もとてもユニークだったと思います^^本当に各隊の思いが感じられる素晴らしい目印が多かったです。
④昼食♪

メシだメシだ♪

上杉の諸将と記念撮影♪

違い鎌殿と上杉のお館様・・・てその正体は吉法師殿??

一海「離さへんで~^^」
リハーサル後は食事と団欒です。この頃になりますと小雨がすっかり止み、見事なまでの晴天となってきました。うーん、さすがに天もこれだけのもののふのパワーには負けたと見えます^^;
そしてこの時、謙信公とお会いすることに・・・。その謙信公ですが驚くことにその正体は吉法師殿だったのです。集合写真で吉法師殿とわかった瞬間、思わず「あーーーー、吉法師殿??え、謙信公???ええええ????」と本気で驚いてしまいました^^;;『美味し○ぼ』の山岡C郎(←何で美味○んぼ』やねん^^;)の台詞を借りますと「これは嬉しい不意打ちという奴だ」が私の正直な感想でした。うーん山内殿が仰っていた面白い企画とはこのことだったんですね~。いやはやたまげましたm_m

一海「そっか~吉法師殿の『信長の館』はこの春から『謙信の館』に変わるのか~」
吉法師殿「ないない、それはない」(この間一秒もなかったです^^;)
⑤いよいよ出陣!!

高まる鼓動!

須田相模守「須田相模隊、出陣!」
須田隊「おーーーーーー!!!」
昼食も済み、吉法師・謙信公の号令のもと、上杉軍出撃開始です。各々の隊が声を挙げ、いざ戦場へと向います。当然須田隊の我らも勇ましく声を挙げ、出陣です!さてさて武田軍との戦はどうなるのか、鼓動が高まります!!

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