三ツ鱗の血脈【一】

   

 主がいなくなって久しい古庵を、大風がゆらし続けている。

 ーー嫌じゃ、嫌じゃ。

 庵で眠っていた青年は悪夢にうなされていた。

 前世でどんな悪業をしてきたのか、幼いころから惨たらしい死を見続けてきた。

 暗い堂内に思いつめた兵たちが身を寄せ、頭上には青銅の大仏が冷たい視線を向けている。

 兵たちは口こもごもに経を唱えたが、無情にも大風は屋根をなぎ払い、瓦礫が兵たちにおおいかぶさってきた。

 阿鼻叫喚、何が起きたのかわからず、視線だけが地面をはいずる。

 やがて闇が訪れ、御仏のおわす極楽へ行くのかと思いきや、眼前に広がったのは屍の山であった。

 ーー悪夢よ、醒めてくれ。

 そう願ったが、また別な悪夢が始まる。

 ーー若、太刀をお捨てになられるな。

 突如現れた細面の老人は、不気味な笑みを浮かべて腰刀を顔に当てた。

 面の皮を剥ぎ、数十名の郎党が続いて自害していった。

 もう終わりかと思っても、違う地獄絵図が現れる。

 今度は荒海に揺られる船上で、容赦なく波が人々をかっさらっていく。青年も投げ出されたが、なぜか安堵の気持ちが心をおおった。

 ーー死せば楽になる。

 生きているから地獄を見るのであり、海の藻屑になろうと青年は思ったが、歌声がどこからか聞こえてきて現世に呼び戻らされた。

 ここは伊豆国守山。南に流れるは狩野川で「北条」と呼ばれる在所である。

 青年が寝ていた庵は守山の麓にある真珠院の一角で、音色は山の上から流れているようであった。

 頂上に着くと、そこには娘が笛を吹き、月に披露するように舞を始めた。

「もしーー」

 声をかけようとすると、娘はにわかにこちらを向いた。

「亀寿様でございますね」

 その瞬間、青年は佩用の銀塗蛭巻太刀に手をかけた。だが娘は動じず、月明りに反射する家紋をたしかめてうなずいた。

「その御紋は三ツ鱗。亀寿様・・・・・・いえ、今は北条相模次郎時行、中先代様ですね」

 娘の言うように、この青年は鎌倉幕府最後の得宗・北条高時の次男・時行であった。

 「中先代様」とは時行の敬称である。

 滅びた北条を「先代様」、そして幕府を開いた足利を「当代様」と武士たちは呼び、北条の世に戻そうとした時行を「中先代様」と呼んでいた。

「亀寿様は物覚えがお悪いようね。たった十年で私をお忘れになるなんて。ともかく、ここを離れましょう。うかうかしていれば追手が参りますよ」

「追手?」

「あら、のん気なこと。昨日、麓の円成寺で追い返されたのでしょう。円成寺は北条の女子が身を寄せていますが、足利の息がかかった寺ですからね」

 一向に気を許さぬ時行に辟易した娘は、自分のことを思い出してもらおうと、ある地名を口にした。

「諏訪で泥んこになって遊んだこと、覚えておられませぬか」

「諏訪・・・・・・一緒に遊んだ・・・・・・あ、藤澤の小童か」

「小童とは申されようじゃ。まあ、そう、みさくらですよ。藤澤のみさくら」

 娘は信濃諏訪を治める神党一族・藤澤の姫で、鎌倉から落ち延びた時行の幼馴染であった。その頃のみさくらはまだ童女であり、十八歳になった彼女は別人のように美しく成長していた。

「みさくらが、みさくらとわかったのですから、さあ参りましょう」

 と言って、手を差し伸べたが、時行はかぶりを振った。

 ーーもうどうでもいい。

 みさくらの笛と舞から十六年前の出来事ーー鎌倉陥落の日に別れ、狂乱した母のことを思い出して、時行は厭世観を深めていた。

 ーー亀寿を返せッ。

 母がそう叫んで時行を抱きかかえようとしたが、一人の老人ーー諏訪直性がそれを許さなかった。

「若、参りましょう。太守(高時)がお待ちかねです」

 直性は柔和な笑みを浮かべていたが、その眼光は鋭く、幼い時行は身体を凝固させた。

「亀寿を連れていくなら妾も参る」

「いえ。 太守の母御前をはじめ、女子衆は鎌倉北の山内にお逃げになっております。二位の局(時行の母)殿はそちらへ」

「女子が役に立たぬはわかるが、それは幼子も同じ。亀寿は妾が連れていく」

 そう抗弁したが、直性は笑みを消して兵たちに目くばせした。

 母は羽交い絞めにされ、時行は抱えられて表へ出た。だが直性が向かったのは高時の許ではなく、彼の故郷・諏訪であった。

 時行にすればさらわれたようなもので、母と引き離した直性を恨みに思い続けてきた。

 脱出するや鎌倉のあちこちから火の手が起き、いくらふさいでも時行の耳には人々の怒号や悲鳴が聞こえ、いまだに胸奥にこびりついている。

「さあ、参りましょう。亀寿様のおばば様、円成寺の覚海尼様に出家を拒まれたのでしょう。ならばここにいても詮なきこと」

 どこまで知っているのだと、問いつめたかったが、たしかに時行は祖母から門前払いされていた。

 時行は七歳で諏訪に落ち延び、二年後に北条を滅ぼした後醍醐天皇に反旗を翻した。世に言う「中先代の乱」である。

 鎌倉を奪還したものの、足利尊氏の反撃によって惨敗を喫した。

 この時、後見人であった直性の子・諏訪頼重が顔面を剥ぐ自害をし、決戦前に大風で長谷の大仏殿が崩壊して多くの犠牲者を出した。

 敗れた時行は十二歳の時に後醍醐天皇の南朝に降って、足利に立ち向かった。

 北畠顕家に従って和泉まで攻め入ったが、阿倍野の合戦で敗北した。

 この時、逃亡するために船を出したのだが、暴風雨で、自身も波にさらわれて死を覚悟したのであった。

 そして今から十年前。

 諏訪衆と信濃で決起したが、戦いは膠着状態になり、やむなく解散して、放浪の旅を続けてきたのだ。

 疲れ果てた時行は祖母を頼って出家を望んだのだが、覚海尼は三度、天下に抗した罪を理由に断った。

 円成寺は北条館があった場所に建てられた尼寺であったが、建立したのは新しく幕府を開いた足利尊氏と、その弟で副将軍・直義であった。

 足利の庇護で生きながらえている彼女たちにとって、足利の政治犯など火中の栗でしかなかったのだ。それでもなおすがりつく時行に本当の理由を告げた。

 ーーそなたが似ているからじゃ。

 時行は父の高時が暗君で、それがいけないのかと聞き返すと、覚海尼は眼光に憎悪をたぎらせて、激しくかぶりをふった。

 ーー高時殿に似ているものか。崇演殿そっくりなのが、気に入らぬ。

 崇演とは高時の父・貞時のことで、先代の得宗であった。

 たしかに時行は凛然としており、虚ろであった高時とは似ても似つかない。世を厭うて出家を望むにしては目が輝きすぎていた。

 幕府を滅ぼした暗君の高時と違って、貞時は「公平」な政をした名執権として評価が高い。だが覚海尼は「名将」である夫よりも「暗君」である息子を愛していた。

 貞時は統率力をもって「安寧」を保ってきたが、人間として冷酷で、鎌倉のために彼女の実家・安達一族を迫害してきた。

 そんな貞時と比べて高時は繊細で心優しく、この子こそ人間的な世を作れると期待して、彼女は執権になるよう運動したのである。

 だが現実は過酷で高時の情は優柔不断でしかなく、その政は不公平なものとして多くの者に不満を抱かせた。結果、足利氏などの大名に裏切られ、権力の化身のような後醍醐天皇に乗じられて鎌倉幕府は滅ぼされたのである。

 北条は滅びたが、それは貞時のような「名将」の過酷がもたらした結果で、高時はその因果で滅びたのだと思う彼女にとって、時行のように資質ある者は忌むべき存在であったのだ。

 名将は女子を不幸にする、だから出ていけーー自分ではどうしようもない「器」を理由にされてはどうしようもなく、と言って再起するには、あまりにも多くの地獄を時行は見すぎていた。

 ーーいっそ腹を切るか。

 そう思いもしたが、二十三歳である青年にとって自害する踏ん切りがつかず、つい伊豆に滞在してしまったのである。

 そんな時にみさくらが現れたのだが、彼女もまた今の時行には忌避したい存在であった。騙すように母と引き離し、そして幼い自分を担ぎ上げて地獄のような戦に駆り立てたのが諏訪だったからである。

「諏訪へは参らぬぞ」

 ことさら時行は強調したが、みさくらはその答えを待っていたように満面に笑みを浮かべてうなずいた。

「いいですね、ええ、諏訪へなど行くものですか。でもここで死んでもつまらぬこと。ですから参るのです」

「いずこへ行くのだ」

「湯ですよ」

「湯?」

「ええ。諏訪の湯と伊豆の湯がどう違うのか、比べるのです」

 何を言っているのかーーと、時行は困惑したが、勢いに負けて南一里(約四キロ)に下った修善寺へと向かった。

「良き湯屋ですね」

 石の湯舟しか知らないみさくらは檜つくりの筥湯に感激し、はしゃいでいる。

「わしを救いに来たのではないのか」

「・・・・・・ええ、そう、そうですとも」

 ごまかすようにみさくらは笑ったが、どうも時行をだしにして遊びにきた感がしてならなかった。

 みさくらと対照的に時行が暗かったのは、修善寺が北条の父祖によって源氏将軍が殺された場所であり、自分の死に場所になるのではないかと思いつめていたからである。

 ーー末期に身を浄めるには、うってつけか。

 そんな気持ちで湯に入ると、俗世の塊のような全裸のみさくらが近づいてきた。

「な、何をしている」

「湯に入るのですから、装束は不要でございましょう」

「左様なことを申しておるのではない。なぜ一緒に入るのか聞いている」

「ここしか湯舟はないんですもの。それとも裸で控えていろとでも仰るの。ああ、みさくらは小童ですものね」

 そう言ってみさくらは、からかうように時行に密着した。沸き起こる衝動を抑えようと、時行は必死に息を整えて仕返しに出た。

「わしを棒切れだと思うているのか」

「え?」

「・・・・・・なるほど、見違えたものだ」

 つとめて冷静な言い方をする時行に今度はみさくらが動揺した。

 挑発しているうちは何ともなかったが、こうして性的な視線を向けられて、にわかに恥ずかしくなったのだ。

「亀寿様は好きの兵衛(助平)じゃ」

「誰が好きの兵衛じゃ。そもそもなぜ、そなたがここにいる。諏訪の使いなどに、そなたが選ばれるはずがない」

 まだ子供扱いする時行にみさくらはむっとし、容易ならぬ事実を告げた。

「私はただの女子ではない。みさくらは大祝、諏訪頼継の御台(妻)ですよ」

「諏訪大祝の御台?」

 時行の理性が途端に戻り、湯を掻き分けて距離を取った。

 大祝とは諏訪大社の最上位であり、現人神として崇拝されている。その御台ということは次代の大祝を産む存在であり、それを穢せば天罰を受け、諏訪すべてを敵に回してしまうだろう。

「帰れ、近づくなッ」

 必死に抗う時行を見て、みさくらはまた攻勢に出た。

 ーーやはり亀寿様しかいない。

 改めてそう思うと、ほんのりと紅く染まった白肌を見せながら、時行を湯舟の角に追いつめた。

「亀寿様は思う通りにできぬ籠の鳥のままでよいのか」

「籠の鳥?」

「翼があっても羽ばたけず、ただ閉じ込められて人に愛でられる生涯など、つまらぬことじゃ」

 この言葉に時行はどきりとした。幼いころから周囲に担がれ、地獄を味わされてきた。つまらぬことに違いなく、逃げたのも出家を望んだのも閉塞感を嫌ってのことだと、ようやく理解した。

「ですから、参るのです」

 そう言うと、みさくらは時行の右手をつかんで乳房をまさぐらせた。

「籠から逃げ出すのなら、やってはならぬことをするのじゃ。それとも亀寿様は、まだ知らぬのか」

 いかに魅力を感じても、再会して間もない。ましてや女として見ていなかった幼馴染と、いきなり事を進めることに時行は困惑していた。だがみさくらは反応を愉しむように、時行の股に、もう一方の手を差し入れた。

 ーーこやつは知っている。

 人妻ならば経験していて当然であったが、意外に思ったのは、みさくらに童女の面影が残っていたからだろう。

 ーーならぬぞ、時行。

 何度も自分に言い聞かせたが、それは無駄な抵抗であった。世を捨てたいと望んでも健全な男子が、本能に火をつけられてはどうしようもない。

 ーーやめろ、やめるんだ。

 自分に何度も命じたが、身体が勝手に動き、獣のように抱きついた。欲情そのままに乳房や唇に吸いつき、強引に事を進めた。

 ーー怖い。

 一度引き、また誘ったくせに事が進むと、みさくらは怖気ついた。

 夫と契っていたが、乱暴にされたことは一度もなかった。頼継の行為は神事のように清らかで穏やかであった。恐怖はなかったが刺激がなく、それがみさくらに物足りなさを感じさせていた。だがいざ本能のままに求める男を相手にすると逃げたい思いが彼女をおおった。だが時行の力は強く、逃げようもない。そう悟ると、まばゆいばかりの怪しい光が恐怖を打ち消していった。

 ーー地獄の先に望む空があるのではないか。

 諏訪という禁忌多き地で育ち、大祝の妻になった彼女は、がんじがらめの日々を過ごしてきた。その日々から逃れる機会を探していた彼女は諏訪が再起を図り、旗頭として時行を担ぎ上げることを知った。また時行が北条一党から逃げていることを知ると、

「幼馴染のみさくらであれば説き伏せられます」

 と買って出て、伊豆に来たのであった。

 だがみさくらは初めから時行を諏訪に連れ戻すつもりはなかった。ただ諏訪を出て自由になり、なりゆきで面白いことができないか考えていただけであった。試行錯誤が行き過ぎて、禁忌を破ろうとしていたが、これぐらいのことをしなければ呪縛から逃れられないと、みさくらは理性をかき消した。

 ーー逃げるなら今。

 そう思ったが、みさくらにはもう一つ、禁忌を打ち破りたい動機がある。

 それは、

 ーー父上の仇を討つんだ。

 という心であった。

 みさくらの父・藤澤左近は鹿革細工の名人であった。

 そんな左近が命じられたのが北条得宗家に武運をもたらす不動明王の絵韋を献上することであった。

 当時、鎌倉幕府への反乱が頻発しており、得宗家の庇護を受けていた諏訪神党は物心ともに支えていた。

 そこで大祝は神遠を献上しようと、大鎧の胴部分をおおう弦走革に左近の絵韋を用いてもらおうと考えたのである。だがその絵韋を高時は受け取らず、あろうことか、後に反旗を翻す足利尊氏(当時・高氏)に呉れてやったのであった。さらに八幡太郎義家の代から幕府に相伝された白旗までも授与してしまい、北条が滅びたのは、そのためだと神党の人々は言い合った。

 ーーすべては左近のせいだ。

 高時がそうしたにもかかわらず、八つ当たりのように左近は誹謗され、最後は鬱気を発して亡くなってしまったのである。

 藤澤が受けた仕打ちはそれだけでない。生贄のようにみさくらは大祝の御台に差し出されてしまったのである。

 中先代の乱で兵を挙げた諏訪は逆境に立たされている。大祝はいつ首を刎ねられてもおかしくなく、その妻も巻き添えになるのは必定であった。だが諏訪として大祝を絶やすわけにいかず、最悪どうなってもいい藤澤の娘を人身御供にしたのであった。

 蔑まれ、無視されるのに子を産むことは強要される。こんな馬鹿なことはない、父は悪くないーーそんな悲しみが恨みとなり、もっとも諏訪を裏切り、自分を解放する方法として、時行と契りを交わすことを思いついたのであった。

 自由になりたい、そして父の無念を晴らしたいという欲求は理性を、完全に打ち負かした。

 時行もただ快楽を求め、二人は一線を激しく越えてしまった。

 ーーしまった。

 事を終えた時行には嘘のような理性が戻っていた。

 みさくらの夫・頼継とは年が近く、幼馴染の一人である。誠実な頼継は心許せる友であり、それを裏切ったことに時行は打ちひしがれていた。

「わしは・・・・・・諏訪には参れぬ」

 何もなかったことにしたい、と時行は、みさくらそのものを忘れようとした。だが彼女は交わった事実を質にして時行の腕をつかんだ。

「逃げるんですか」

「いや、だが・・・・・・」

「もとより諏訪にお連れするつもりはございません。大祝様は亀寿様を諏訪へお連れせよ、と仰せですが、みさくらは別な場所へ行きたいのです」

「別な場所?」

「・・・・・・京でございます」

 冗談ではない、と時行が思ったのは本気で死ぬ気がなかったからであろう。

 京は足利の本拠である。餌身捨虎でもあるまいし、よりによってもっとも危険な場所に逃げるとは何を考えているのか。だが彼女なりの「策」で京へ行こうと言っていた。

「人が多ければ紛れやすいもの。人を隠すには人の群れにと申します。それにーー」

 そう言いかけて、みさくらはほくそ笑んだ。こうなれば、とことん皆の意に反してやれ、それが自分を解き放つ方法だと、みさくらは腹をくくったのである。

「地獄へ落ちたのじゃ。もうどこへだって行ける」

「京でもどこへでも、か」

 また身体をすり寄せられ、時行は柔肌に溶け込む快感に酔いしれ、唇を重ねた。

「気ままに生きるを婆沙羅と申すそうな。ならば私たちも婆沙羅になりましょう」

「婆沙羅、か」

 二人は幾度も激しく求めあい、翌朝、伊豆を出て京へと向かっていった。

 この頃、京は、はなはだ不穏であった。

 足利兄弟の仲は当初良かったが、それは直義に男子がなく、尊氏の血筋が次代を引き継ぐことが約束されていたからである。

 だが運命のいたずらか、近年になって直義に男子が生まれたのである。

 その結果、尊氏の執事・高師直が危険視して抗争が始まった。

 そんな政情を敏感に察してか、都人の間で奇妙で不吉な噂が流れている。

 四か月前の二月。

 平安京を守護する将軍塚がおびただしく鳴動し、空から兵馬の駆けすぎる音が鳴り響いた。

 三月には土御門の将軍邸が全焼し、清水寺の本堂や舞台が燃えた。

 六月には男山八幡の御殿が鳴動し、三日後の戌の刻(午後八時ごろ)には巽(南東)と乾(北西)の方より雷光が走って人々を震えさせた。

 さらに仁和寺の大杉のもとに天狗が三人集まり、

 ーー天下に大乱を引き起こさん。

 と相談しあったと云う。

 くだらない噂だと時行は一笑に付したが、物好きなみさくらは嬉しがって、話してくれた都人をあきれさせた。

「京は面白い。鎌倉と違う」

 そう言うと、みさくらは人が見ているのも構わず、時行に身体を寄せた。

「鎌倉へ参ったことがあるのか」

「父上に連れられて一度だけ」

「わしは鎌倉がいいな」

「なぜです?」

「鎌倉には瑠璃色の石があってな・・・・・・。館では兄やその母者ばかりが構われていた。わしはいてもいなくても同じだった」

 構われていないために館から抜け出して由比ガ浜や江の島、それに稲村ケ崎に遊びに行ったものだと懐かしげに語った。

 静かに寄せては引き、その波音は心地がよかった。

 雲もない空にさんさんと太陽が輝き、浜にある石を照らしていた。その一つに瑠璃色の石が輝き、幼い時行にとってかけがえのない宝になっていた。

「亀寿様、あれは何かしら?」

 みさくらが気にとめたのは四条河原の桟敷群であった。どうやら田楽興行が始まるらしく、みさくらの心を浮き立たせた。

 田楽は廃る傾向にあったが、この年は将軍の希望もあって大規模に行われようとしていたのである。

 みさくらと対照的に時行の顔は冴えなかったのは、田楽一座が奏でる音曲、そして踊りを見ていると時行の脳裏が血なまぐささで支配されたからである。

 ーー田楽に狂われた得宗殿。

 田楽に心を奪われたばかりに父が幕府を潰したと、散々聞かされてきた。そんな時行にとって田楽は地獄への誘いに思えて仕方がなかったのだ。

 その田楽であるが一つの座だけではなく、多くの名手たちが四条河原へ集った。商魂たくましい都人たちは出店を張って、人々を喜ばせた。

 ーーあらおもしろや、あらたえがたや。

 しゃっしゃとびんざさらが鳴り、軽快で思わず踊り出したくなるように腰太鼓などの打楽器が鳴り響く。

 世の憂きこと、恐れること、悲しきことを吹き飛ばすように人々は総立ちになって踊りに踊った。

 踊り手がやがて円を組み、向き合い、最高潮に達した時であった。

 ーーズドドォンン。

 人々は何が起きたのかわからず、身は重なり沈み、先ほどまで歓喜に満ちた狂騒は狂乱へと変わっていた。

「みさくらッ」

 幸いにも時行が手を伸ばすと、みさくらの腕があって救いあげることができた。みさくらは恐怖で涙を流しながら、時行の胸に飛び込む。

 かつて大仏が崩れ、屋根が風で飛び、多くの兵が死んだ忌々しい記憶が時行の脳裏によぎった。

 一体、何が起きたのか。

 それは多くの人が踊ったために桟敷が崩壊してしまったらしい。

 死者は百余人、負傷者は数え切れぬほどであった。

 幕府の兵は観衆よりも将軍と、その従者の安全だけに心がいき、寄る人々は狼藉者となった。

 ーー乱れて取るべし。

 どさくさにまぎれて狼藉を働き、またたくまに各所で刃傷沙汰が横行したのであった。

 ーーわしは、ここで果てるのか。

 やはり田楽は時行にとって不吉であり、襲ってくるであろう輩に身を構えた。

 案の定、不意にみさくらの肩をつかむ者があって、時行は素早く腰刀を抜いた。

「あいや、しばらく。それがしは神党の者。御台様、お探ししましたぞ」

「なぜ、ここに参ったのです」

「何を仰せか。大祝様の命で伊豆までお供しましたのに、御台様が雲隠れされたのでしょう」

 この抗議に、みさくらは気まずい表情をした。

「みさくら。観念しろ。このような仕儀になったのだ。諏訪へ戻れ」

「では亀寿様もーー」

「いや、離れた方がいい。わしといれば危うい目に遭う。何よりもーー」

 天運のない自分と一緒にいれば不幸になると、時行は言外に告げた。だがみさくらは激しくかぶりを振った。

 ーー籠の外に出る好機を逃してなるものか。

 打算的な考えもあったが、言い知れぬ気持ちがみさくらを動かしていた。

 挑発したとは言え、本能の赴くままに求めあった男女には深い絆が生まれる。

 肌と肌の温かみを知り、その快感が愛おしくてならない。あってはならぬ恋だと頭でわかりながら、背徳感が強い分、麻薬のような情愛が沸き起こっていた。

 みさくらは包み込んだ時行をただ惜しみ、そのためにはどんな言い訳でも無茶でもやってやろうと思っている。

「わしは消える」

 みさくらのために身を引こうとした時行を、ある「事実」が押し止めた。

「中先代様、この騒動は人の手によるものです」

「人の手?」

「中先代様と縁浅からぬお方の謀でございますよ」

 その瞬間、時行に氷のような憎悪が走り抜けた。

「・・・・・・また叔父上か」

 諏訪の者が深くうなずくと、時行はあからさまに嫌悪の感情を浮かべた。

 時行の言う「叔父上」とはかつて北条泰家、今は時興と名乗っている高時の同母弟のことであった。

 時興は陰謀好きで、得宗家を守ると称して誰かを犠牲にしてきた。時行から母を引き離すよう諏訪直性に命じたのも、中先代の乱を引き起こしたのも彼であり、性懲りもなく、このような惨劇を生み出すことに時行は唾棄したい思いにかられていた。

「中先代様も無縁ではございませぬ。太夫四郎(時興)様が、かような策をお考えになったは、機が熟したゆえ」

「機が熟した?」

「足利兄弟に亀裂が入り、東国でも義のために挙兵いたしまする。それゆえ中先代様は京を出なければなりませぬ」

「・・・・・・あいわかった」

 時行はそう答えたが、諏訪に行くつもりはない。

 混乱していた四条河原であったが、やがて尊氏の安全が確保され、幕府の兵たちは騒擾する者たちを片っ端から捕殺していった。混乱が極まる中、みさくらはこれを好機と見た。

「亀寿様。諏訪へは参りませぬか」

「行かぬ」

「ならば諏訪以外なら、よろしいのですね」

「みさくら・・・・・・」

 能天気な物言いにあきれながら野放図な思考に、時行は自分にない輝きを見ていた。

 みさくらも時行となら呪縛のような世の中を潰し、面白おかしく婆娑羅に生きられると思った。今は本能的に結び合った絆でもって禁忌という籠を打ち破る快感に二人は酔いしれていたのである。

 時行はみさくらの手を握り、神党の者と共に四条河原を脱した。だが京を出るやいなや、時行とみさくらは神党の者を撒いて、その行方をくらませたのであった。

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