一海漫遊記【醍醐2004年】

京都桜の旅①秀吉気分でお花見♪【下醍醐】~2004年3月29日
思いもかけずに三連休が取れました。しかも晴天かつ桜の季節。そこで旅行を思い立ちました。行き先は二箇所。それは和歌山と京都・醍醐です。この日は和歌山へ行こうかと考えていましたが、急遽変更いたしまして、醍醐にいたしました。ううん、行き先を自由に変更出来る・・・最高の気分ですね♪

醍醐寺総門
さて醍醐と桜といえばまず思い出されるのは秀吉の「醍醐の花見」ですね。秀吉人生最期の華を飾り、現代でも語り草となる催し物です。この日はまだ満開ではなく、少し寂しいお花見となりました。しかしお天気は最高で、暖かく、春を満喫いたしました。


三宝院。中は撮影禁止


三宝院の桜。実は太閤もビックリ(?)のクローン桜^^
醍醐寺は平安初期に建立され、醍醐天皇の時代に拡大したお寺です。その後、有名な人材を輩出し、現代へと続いています。個人的に醍醐寺で思い出されるのは三宝院の満済です。この人物は足利三代将軍義満に見出され、「黒衣の宰相」と謳われ、権勢を張った人物です。さらに六代将軍を選出するのに籤引きで、というアイデアを出した一人でもあります。個人的にといいますのは昔小説で『青雲の夢』という嘉吉の乱をテーマに書き、その中で満済を登場させたからです(もっともほとんど登場はしなかったのですが^^;)
とにもかくにもその満済の住んでいた三宝院を見学いたしました。その庭は秀吉が命じて設計したもので、「ああ、秀吉も見ていたんだな」と感慨深く眺めていました。ただ残念なのは三宝院は撮影が一切禁止されており、門と入り口の桜しか画像でお見せすることが出来ません^^;


何だか暴れん坊将軍がやってきそう??
次に伽藍へ入ります。その折目に飛び込んだのが太閤桐の陣幕でした。思わず一海の心は武者と貸し、歩き方も変わってしまいました。そして心内では何度も「こんな陣幕、欲しいな」と念じていました^^;;


国宝・五重の塔
伽藍を進んでいきますと京都府下最古の建築物と言われる国宝の五重塔があります。この塔は村上天皇が父帝・醍醐天皇の冥福を祈って建立されたものです。
余談ですが、この両帝の名前を聞きますとどうしても後醍醐天皇を思い出してしまいます。後醍醐天皇の建武の新政の理想はこの両帝の治世で、「延喜・天暦の御世に戻す」というスローガンを掲げていました。その憧れは「後醍醐」という謚号や次代の後村上天皇の謚号にも現れています。大河ドラマ『太平記』足利高氏が後醍醐天皇と初めて会ったのも醍醐寺、という設定になっています。


金堂

醍醐寺には数々の国宝や重要文化財が点在します。この金堂もそうです。この金堂は秀吉が紀州の湯浅から移築したもので、内部には鎌倉時代の薬師如来像が安置されています。・・・とここまでが「下醍醐」と呼ばれる区域になります。この先からは「上醍醐」と呼ばれる区域に入ります。
京都桜の旅②翌日は筋肉痛(涙)【上醍醐】~2004年3月29日
醍醐寺は当初山上に結ばれたお寺で、「下醍醐」と呼ばれる区域は後世に建築されたものです。軽く醍醐寺を満喫したい、という方は正直下醍醐だけで良いと思います。何故と申しますと上醍醐へ登るのは本ーーーー当にしんどいからです。初めは軽い気持ちで登り始めたのですが、滅茶苦茶しんどかったです。あ、でもダイエットには良いかもしれません^^;;
不動尊の滝
上醍醐に登ろうと決意しましたのは「不動尊の滝」という字を見たためです。「あ、滝か、見たいな」という気持ちで登ったのですが、ここまで来るにも辛いです。息を乱しながら20分。ようやくたどり着いたものの、とても滝とは言えないほどかわいらしい滝でした(涙)ここで帰ろうかと考えていたのですが、後戻りさせない事実が襲ってきたのです。もう80にはなろうかというご老人がヒョイヒョイと登っていくではありませんか!「あ、これは負けてはいられない。それにここで帰るのは・・・」という意地にも似た感情が湧き上がったのです。そこで疲れた体に鞭打って、登り始めました。
醍醐の水
しかし・・・ただただ延々と坂を登ること一時間。途中ですれ違ったお婆さんが「ご苦労さん。頑張ってね」というその笑みには「まだまだあるよ。頂上は最高♪」という意気込みが感じられました。その勝利の感覚を後ほど私も味わうことになるのですが、その時はただただゴールを目指すほか術はありませんでした。
ようやく上醍醐の寺務所に辿りつき、目に入ったのが「醍醐水」です。そう、この「醍醐水」こそ「醍醐寺」の名前の由来となる場所だったのです。醍醐寺を開基した開山聖宝理源大師が見つけた泉で「醍醐味なるかな、この泉は」という言葉から「醍醐寺」と名付けたそうです。ちなみに「醍醐」とは古代に中国から伝わった高級乳製品のことで、貴族間で重宝されました。一海も一口飲みましたが、なるほど甘く美味しい水でした。

「五大力さん」こと五大堂
さてここまで来れば頂上まであと一息です。頂上には五大堂があります。五大堂では毎年2月23日に五大力さんとして下伽藍金堂で”御影(おみえ)”が授与されます。本尊は不動尊です。
開山堂
如意輪堂
さらに進みますと醍醐寺の起点である開山堂と如意輪堂があります。またその少し奥には院政を開始した白河法皇の皇后・藤原賢子の陵墓があります。賢子は堀河天皇の母であり、白河法皇から深く愛された女性です。
白河法皇の皇后・藤原賢子稜
これらの史跡をゆっくりと見学しながら、最後に醍醐の山上からの絶景を眺めました。達成感と春風の心地良さにもっとのんびりしたかったのですが、時刻は夕方5時30分。帰りも時間がかかることを思い出し、暗くならないうちにと、下山を始めました(しかし不動尊の滝に着いた頃には真っ暗で正直怖かったです^^;)
絶景!!
京都桜の旅③優雅に夜桜♪【八坂神社・円山公園】~2004年3月29日
「あー、疲れた、帰ろ」というのが普通の感覚ですが、「どうしても夜桜すんねん」という野望にも似た願望を引きずり、次に向かったのは円山公園です。円山公園には立派な枝垂桜があり、花が咲く頃に訪れたことがなかったからです。
夜の八坂神社・・・良い雰囲気です^^
醍醐から地下鉄で四条へ行き、更に八坂まで歩くこと30分・・・というのは途中で本屋やコンビニ、マクドに寄ったりと寄り道ばかりしていたからです(どこが元気ないねん^^;)また祭りの雰囲気が好きな一海としてはお祭り騒ぎは何よりの力の源で、円山公園に辿りついた時にはすっかり元気になっていました。
お見事!円山公園の枝垂桜!!
そしてついに!円山公園の枝垂桜を見ることが出来ました。まだ満開ではありませんでしたが、さすがに素晴らしかったです。あちこちで感激の声が上がっていたのが印象的でした。枝垂桜を前にローソンのカラアゲ

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