一海漫遊記【夏旅行2004】

2004年夏旅行
~久留里・金八・甲冑の旅~
8/12
 またまたやって参りました♪もう夏は泊りがけで旅行しなければ刀振り回してしまうかもしれない一海(※この表現はフィクションです(爆)にようやく夏旅行の季節がやって参りました。今回は来る「信玄V作戦(仮)」の打ち合わせのために上京しなければいけませんでしたので、関東へと旅立ちました。またようやくまともな給料をもらえるようになり、少ーし余裕のある旅となりました^^(例えば新幹線に乗ったり、ご飯が好きなものを食べられたりなど^^;;)
 しかし―仕事がまともになったと同時に休みも世間様と統一になってしまい、完全にお盆シーズンでの旅行となってしまいました。今までは自然とお盆休みのラッシュをはずしていましたが、いきなり普通になってしまったため、はっきり言ってなめきっていました^^;バスのチケットはとれず、宿選びの難航など本当に大変でした。しかしバスのチケットは無理でしたが無事に宿は確保が出来、いざ関東です!

【久留里城】
 まず関東入りして向ったのが久留里城です。「えっ? 久留里?? それどこ?」と地名を言ってもわかる方は少ないほどの土地です。私もどこかスケッチが出来るお城はないかと探していて見つけた地で、わからないのも無理はありません。久留里は東京から南に下ること3時間ほどの場所にあります。その途中までやたらと乗客が多く「さすがはお盆」と眺めていました。しかしとある駅でほとんどの乗客が降りてしまいました。はじめは海水浴地かな?と見送っていたのですが、何やら遊園地っぽい施設が―。「何かディズニーランドっぽいなあ」と思っていましたが、よくよく考えてみれば本物のディズニーランドでした(爆)関西から目もくれずに久留里に向うのは自分ぐらいかな、と思った瞬間でした^^;;
 とにもかくにも久留里へとたどり着きましたが・・・遠い! まさかこれほど時間を要するとは思いませんでした。また駅からも徒歩30分これまた大変でした。しかし今年最初のスケッチをするべく、久留里城へと向いました。

のどかな久留里城
「正徳の治」の指導者・新井白石
ユニークな商店街入り口^^
 今回の旅行の特徴ですが、本当に色んな方のお世話になりました。久留里でも大きな荷物を背負った私を見かねたのか、お城の博物館員にトラックに乗せていただきました。いやあ、本当に楽チンで時間のロスも避けることが出来ました♪
 この久留里ですが六代将軍・徳川家宣を補佐し、「正徳の治」を断行した新井白石が住んでいた町です。久留里城に登りますと新井白石の銅像が建っています。また井戸の水が美味しい地で、お酒も素晴らしいそうです。今度は空のペットボトルを持参しなくては♪

【金八先生の町・堀切】
 と大汗を掻きながら久留里を後にして次に向ったのは・・・東京堀切です。堀切には何があるのか―それはTBS『3年B組金八先生』の舞台になった場所なのです。私が好きな『金八先生』シリーズは受験時代に放映されていたこともあり、『3』が最も好きでした。前日も家で『3』のビデオを観ていましたので、気分は最高潮です。
ドラマではここから3Bの生徒が出発^^
 この駅を出るとあるわ、わるわ、金八先生の名場面を思い出すような場所ばかりです。気分はすっかり金八先生で、有名な土手へと向いました。
「暮れ~なずむ街の~♪」
有名な金八通り
 堀切駅からすぐ近くにありました♪金八先生のOPで使用されました土手です。思わず金髪のお姉さんが走っていないか、などいるはずもないのに探してみたりしていました^^;ただここの土手は本当に見晴らしがよく、『金八先生』のスタッフがこの場所を選んだ気持ちが本当によくわかりました。ここで少しの間『贈る言葉』や『人として』『声援』『スタートライン』を歌いながら散策しまして、悦に浸りました^^
 ちなみにここの近くの中学生たちは冗談で通りがかりの人に「3年ーーB組ーーーー!」と叫ぶそうです。たまにノリの良い人がいますと、ちゃんと「金八先生ーーー!!」と返事をしてくれるそうです。もし私がされましたら最後に胴上げしに来い、と注文をつけるかもしれません^^;
【一海御用達・光山堂】
 すっかり心は『金八先生』だった私でしたが気持ちを切り替えて、亀有へと向いました。亀有にはそう! 一海御用達の甲冑屋さん「光山堂」さんがあるのです!決して心の中で『こち亀』のOPなんてかかっていません。大河『武田信玄』の颯爽とした主題曲が流れていました。何故なら今度一海が光山堂さんにお願いするのは信玄兜だからです。そして出来上がった信玄軍配も心を昂揚させてくれました^^

光山堂内部その1
光山堂内部その2
光山堂内部その3
 甲冑に囲まれながら、甲援隊発足のお知らせや、これからの計画もお話ししました^^また軍配も素晴らしい仕上がりで、一日も早く信玄兜に大鎧セットに合わせてみたい、と夢膨らませました。この時お食事に誘われたのですが・・・この後に一晩の宿を貸していただける伊達アネモネ殿とお会いしなければいけませんでしたので、残念ながら辞退させていただきました。次回の上京の折は是非お食事をしたいです(涙)
【フィギア最高♪】

手には大鎧フィギア!
 そして亀有から一路伊達殿がお住まいの佐貫駅へと向かい、ご自宅へ招いていただきました。伊達殿は現在甲冑フィギアを制作されていまして、そのアドバイス(と言うかマニアの我侭^^;;)を私に問い合わされてきたのがご縁となりました。いやあ、まだ企業秘密ということもあって公開は出来ませんが、素晴らしいギミックでした。実際に伊達殿は甲冑をご覧にもまた触ったこともないのですが、素晴らしい再現能力で制作されていました。完成の暁にはもちろん当サイトでも公開いたしますが、本当に素晴らしい商品になると思います。
 この日は甲冑についての知識(紐の結び方など)をお話ししながら、本当に心温まる応対をしていただきましたm_mご迷惑でなければまた遊びに寄らせていただきたいです^^
2004年夏旅行
~江戸・新選組!・墓参の旅~
8/13
【江戸東京博物館】
 伊達殿ご夫妻の心温まる応対に感謝しつつ、いよいよ東京見物の始まりです。・・・ですが! 情けないことに筋肉痛に足裏のマメで満足に歩けず、歩行スピードが極端に遅くなっていました(涙)ああ、本当に父ちゃん情けなくて涙も出ねえ!(東野英心さん調で・・・て、古いネタ^^;)
 その足痛の一海が悲鳴をあげそうになるぐらいに広大な敷地を持つのが両国の「江戸東京博物館」です。とにかく広い! またその内容ですが、これがまた素晴らしかったです。

めちゃくちゃ大きいっす!
一心太助の気分で渡ろう♪
 まず初めに実物大の日本橋が登場しまして、「江戸と東京」を勉強するための史料やレプリカが満載です。
 レプリカですが、大名駕籠、まとい、千両箱、昭和初期の家や電話ボックスなど実体験が出来る箇所が本当に多かったです。これは一海個人の考えですが、博物館は本物の史料を公開し、歴史を学んでもらうという考えは決して悪くはないと思います。ただそれだけではなく、実際に着用し、乗り、持ったりなどして歴史に触れていただくことも重要だと思います。またただレプリカを置くのではなく、テーマに沿った内容の物を体験してもらったり、かつ正しい着用方や使用法で着せていただければ良いと思います。そういった意味では江戸東京博物館は理想的な形態だな、と感心いたしました。
「一海コレクションに欲しいな・・・(爆)」

まといは結構重たいです。
【忠犬・ハチ公】
 さて江戸東京博物館の次は新撰組縁の地巡りです。・・・とその前に渋谷によりまして、鰻重を食しました。ううーん、今まで食事は極端に粗末なものばかり食べていましたので、バチがあたりそうですが・・・美味しかったです。生まれて初めてまともな鰻重を食べたような気がします。
 と実に低レベルな貴族気分を味わい、また駅前にある日本一有名なお犬様を写真に収め、いざ新撰組めぐりの開始です♪
日本一有名なお犬様^^
【日野市『新選組!』フェスタ】
 そして最初に訪れたのは日野です。日野は土方歳三の故郷で「土方歳三資料館」が一番の目的でした。しかし不運にも資料館は閉館されており、どうしようかと路頭に迷いました。その一海の目に飛び込んだのが日野市で展開されていました「新選組!フェスタ」です。このまま手ぶらで帰るのも嫌でしたので、とにもかくにもフェスタ会場へと向いました。
『新選組!』のテーマ曲が流れてます^^
 フェスタ会場ですが・・・勇ましい『新選組!』のテーマ曲が流れていましたが・・・実に寂しい雰囲気でした。お客さんもまばらで、活気が今ひとつのような気がしました。
展示館の入り口のオブジェ
土方歳三役の山本さん着用の衣装
土方仕様鉢金
井上源三郎鉢金
真・土方歳三鉢金
 ただ大河展示館では山本さん演じる土方歳三仕様の鉢金を間近で見ることが出来ましたのは大収穫でした。大変参考になり、現在作成中の鉢金に生かせそうです^^しかし如何せん普通の方にはボリュームに欠ける内容だったと思います。せめてドラマのメイキングビデオでも流してくれれば良かったのですが・・・。(この時の成果はあったのかどうか・・・手作り鉢金完成までお待ちください)
ダンダラポスト
思わず爆笑^^
【やっと拝めた東京駅♪】
 日野から東京へと戻りますとすっかり陽は落ち、夕暮れ時になっていました。ここからちょっとしたお墓めぐりになるのですが・・・まずは有名な東京駅の外観を写真に収めてみることにしました^^
ようやく概観を拝見
【夕方のお墓巡り^^;】
 さてそのお墓参りですが・・・夕方の怖い時間にあの高名な平将門の首塚へ参りました。本当に東京のオフィス街のど真ん中にありまして、それだけでも異様な感じがしました。ここに来るまで結構緊張していましたが、礼を尽くしてお墓参りをいたしました。ただ私は将門という人物は大好きで、いつか将門を主人公にした作品も書いてみたいですね^^ちなみにここでは大河ドラマにもなった『樅の木は残った』の舞台・伊達騒動終焉の地です。よくは見ていないのですが、原田甲斐演じる平幹二郎さんの最期のシーンが妙に残っています^^
緊張しました。
有名な平将門の首塚
大河『樅の木は残った』の最後の舞台
 さてこの日の最後を飾るのは「愛しき~友はいずこにぃぃぃ♪」(て大分『新選組!』かぶれになっているな^^;;)のテーマが脳裏に流れてしまう近藤勇のお墓です。永倉新八が臨終の前に遺言して出来た墓碑なのですが、永倉はやっぱりカッコいいですね^^結局は近藤たちと別れたものの、最期には近藤を立てる所は本当に良いです^^この日は暮れ時にも関わらず訪問される方が多かったように思えます。

板橋駅からすぐです。
近藤・土方の墓碑


近藤像

永倉新八の墓碑

【お宿は雷門】
 板橋の近藤勇のお墓のあとは上野で行きつけのラーメン屋で舌鼓をうち、宿泊所のホテル雷門へと到着いたしました。浅草のお店は閉まるのが早く、急ぎ足でお土産を購入してしまいました^^;この日のラッキーは共同風呂を誰も使っておらず、広くのびのびとした入浴が楽しめたことです^^こうして二日目が終了いたしました。
お泊りは雷門ホテル
2004年夏旅行
~強行!鎌倉五山・甲援隊初陣祈願の旅~
8/14
「うおおおおお!! いざ鎌倉ーーーーー!!」
と何故か鎌倉へ行きますと必要以上に盛り上がってしまいます。今回の鎌倉観光の最大目的は「鎌倉五山」を一日で制覇することです^^;その順番は円覚寺―浄智寺―建長寺―(鶴ヶ丘八幡宮)-浄妙寺―(宝戒寺)-寿福寺―(長谷の大仏)-(由比ガ浜)です。ではまず鎌倉五山から紹介いたします。

【鎌倉五山】
 鎌倉五山第一位は建長寺です。五代執権・北条時頼が建てたお寺で、鎌倉では鶴ヶ丘八幡宮の次に立派な建築物を擁しています。また庭もあり、ちょっとした京都のようです。ちなみに建長寺の前で「けんちんそば」を食べてみました。けんちん汁の「けんちん」は「建長」から転化されたものです。具沢山で美味しかったです^^場所ですが北鎌倉駅から徒歩15分ほどの場所にあります。
建長寺
 続いて第二位の円覚寺です。このお寺は八代執権・北条時宗のお寺です。境内の広さはやや建長寺に劣りますが、鎌倉の質朴な感じがが漂っています。ちなみに場所は北鎌倉駅の前で、すぐさまわかります。境内には北条時宗を祀ったお堂があります。

円覚寺
円覚寺境内
北条時宗廟
 第三位は寿福寺です。鎌倉駅から徒歩10分の場所になりますが、境内は非公開です。尼将軍・北条政子が栄西を招いて建立されたお寺で、境内近くには政子と三代将軍実朝のお墓があります。ちなみに寿福寺は最後に訪問していまして、倒れかけ寸前でした^^;
寿福寺
 第四位の浄智寺です。時宗の弟・宗政とその子・師時によって建立されました。師時は十代執権です。このお寺の住職さんはユニークな方(気さくな方?)らしく、遊び心のある張り紙が多かったです^^
浄智寺
静粛な寺門
鎌倉独特のお墓
 さて最後は第五位の浄妙寺です。五山のお寺は北条氏縁ですが、ここだけは足利氏縁のお寺です。境内には足利尊氏の父・足利貞氏のお墓(伝)があります。場所は結構遠方で、鎌倉駅からバスで12分ほどの場所です。足利貞氏のお墓ですが、緒方拳の顔を思い出しておりました^^;

浄妙寺
伝足利貞氏墓
【甲援隊・必勝祈願!!】
 と五山巡りの合間に立ち寄ったのが鶴ヶ丘八幡宮です。八幡宮へ寄ったのは他でもありません。9月に控えている甲援隊初陣の京都まつり成功を祈願いたしました!
いざ、鎌倉!!
 で―祈願の絵馬が以下の通りです。京都まつりでは源氏の「八幡大菩薩」の白旗を掲げますので、成功間違いなしでしょう♪また背旗を購入していただいた方用に八幡宮の開運お守りも購入しました。甲援隊に幸あれーーー!!

絵馬奉納
甲援隊祈願絵馬1
甲援隊祈願絵馬2
【鎌倉の街】
 さて五山・八幡宮の他にも色々と訪問しました。その一つが北条執権館があったという宝戒寺です。このお寺は鎌幕府を滅亡させた後醍醐天皇が足利尊氏に命じて建立したお寺です。ただここのおばちゃんは口うるさい方です。
宝戒寺
 そして最後は長谷方面にある山海堂です。今回はてんちょーさんにご挨拶をしようかと考えていましたが、大変ご多忙でお話が出来ませんでした。ううん、凄い繁盛ぶりです^^;
大賑わいの山海堂
 少し時間がありましたので、長谷の大仏を久方ぶりに見学いたしました。ただ夕方4時半までに拝観しませんと、内部には入ることが出来ません。しかしこの大仏様ですが、猫背だなーと思いました^^;;
久方ぶりの大仏様
猫背・・・??
【由比ガ浜の夕陽は沈む・・・】
 長谷を出た時はもうクタクタで、足を引きずるようにして由比ガ浜にたどり着きました^^;さすがに五山を一挙に訪問したのはこたえました。しかし更に追い討ちをかけたのは由比ガ浜で飲んだビールです。酔っているうちは良かったのですが、酔いがさめた途端、疲れが一挙に出てしまいました。この日の夕食も食べる気力がなく、ホテルに到着した時は倒れ込むようにして寝入ってしまいました。しかし有意義な鎌倉観光でした^^
もうクタクタ・・・^^;
2004年夏旅行
~時代の曙・伊豆の旅~
8/15
【涼やかな伊豆の旅】
 地獄の強行軍(?)鎌倉紀行の次の日は伊豆へと向いました。伊豆は武家政権にとっては記念すべき土地です。まず第一に源頼朝が北条氏の力を借り、ついには700年にも及ぶ武家政権の礎を築きました。二つ目の節目は北条早雲です。早雲は日本史最初の「戦国大名」といっていい人物で、彼の施策がやがて各地の戦国大名に引き継がれ、ついには織田信長の天下布武に繋がっていくのですから、伊豆という地は本当に不思議な町です。更に言えばこの地の幕府代官・江川英竜が反射炉を築いたことも特筆すべきことかもしれません。とにもかくにも伊豆という地は一度は足を運ばなければ、と考えていました。
伊豆の歴史を歩く♪
 伊豆を訪れた日は小雨が降っており、先日までの猛暑が嘘のように涼しく、少し寒い気もしました。しかし先日の強行軍で披露していた私にはまさに天の恵みでした^^伊豆駅から蛭ヶ小島遺跡まで1・5キロほどありましたが、快適な涼しさで楽しく散策を楽しむことが出来ました。その間の歩道ですが、伊豆の歴史が学ぶことが出来、退屈はしません^^

頼朝青春の地・蛭ヶ島
頼朝と政子
 そしていよいよ蛭ヶ小島遺跡です!若き日の頼朝・政子夫妻の銅像がありましたが、それよりも何よりもここから武家政権700年の歴史が始まったのだと思いますと、それだけでも感慨深かったです。石碑と銅像以外何もない史跡ですが、30分ほど頼朝と政子に思いを馳せ、ここでもまた甲援隊の成功を祈ってきました^^
江川英竜像
 さて次に向かったのは反射炉跡です。蛭ヶ小島から歩くこと30分ほどで到着いたします。バスも一応出ているようでしたが、一時間半に一本という本数で歩いていく方がはるかに早いです^^;
反射炉
 反射炉ですが、以前佐賀県で縮小モデルを見ただけでしたが、さすがにこちらは大きいものでした。近くの茶屋のおばさんのガイドを聞きながら、反射炉を眺めていました。この反射炉を築いた江川英竜は天保時代に活躍した人物ですが、この時代は日本国内の学者たちが西洋文化を必死に取り入れようともがき苦しんでいました。その一つがこの反射炉なんだな、と思いますと少しばかり胸が熱くなりました。この天保前後の蘭学者たちをテーマの小説を書いてみるのも面白いのでは、と考えています。
江川邸
 次は江川邸・・・といきたい所ですが、反射炉からは徒歩で一時間以上はかかります。この日は恒例の大学時代の先生のお宅へ行かなくてはならずに時間的に難しいと考えていました。しかし幸いにも数少ないバスが到着し、江川邸まで行くことが出来ました。
 このバスの運転手さんと少しばかりお話ししたのですが、あまりに利用客がなく、極端に本数が減ったそうです。それとこの運転手さんは奈良出身の方で、同じ関西者ということで運賃をサービスしていただきました^^
 とこのような調子で江川邸へと到着しました。そしてこの江川邸ですが、とにかく凄いです!私はあまり建物には造詣がないのですが、それでもこの邸宅の凄さがよくわかりました。それはまずほぼ完璧に昔のまま邸宅が残されており、一瞬時代劇の中に紛れ込んだような気分になってしまったからです。また黒塗りの壁もよく手入れされており、伊豆観光ではまず第一にお勧め出来る史跡です。
韮山城址
 江川邸の次は是非韮山城址に行くことをお勧めいたします。江川邸からすぐ近くにありますし、また城山の高さも低いですので、お手軽です。
 この韮山城は北条早雲が伊豆攻略の拠点にしたお城です。司馬遼太郎氏の『箱根の坂』ファンの私にとって感慨深いお城で、ここでは早雲に思いを馳せておりました^^こうして韮山城を降り、徒歩で15分ほどで蛭ヶ小島へと辿りつき、伊豆駅へと戻りました。そして一路名古屋へと向いました。
2004年夏旅行
~桶狭間・明石の旅~
8/16
【桶狭間古戦場】
 何だかいつも先生にご馳走をしていただくために名古屋へ行っている私ですが(^^;)そのためいつも名古屋付近で何を見るのかが、大きな課題となっています。今回は昨年行けなかった桶狭間古戦場へ是非行ってみようと決意し、ようやく桶狭間へと向いました。桶狭間までは名古屋からは比較的近く、すぐに行くことが出来ます。また最寄り駅の中京競馬場前駅からも近く、お手軽に行ける史跡です。
桶狭間古戦場
今川義元墓
 さていざ桶狭間古戦場に着きましてまたまた私の頭はタイムスリップ状態です^^;よくよく考えてみますと今回は旗揚げ紀行と言っていいような旅行ですね。もちろんここでも甲援隊の旗揚げ成功を祈ったことは言うまでもありません^^
【毎年食べています^^】
行き付けのお店??
水まんじゅう
 名古屋を出ますと、大垣付近で少し余裕が出来ます。その間隙を縫って買いに行くのが大垣の水饅頭です。私はあまり餡子類は好きではないのですが、この水饅頭はあっさりしていまして大好きです^^ここ5~6年は毎年必ず食べていますね^^;その水饅頭を食した後は何故か明石へ直行です。

【明石でのんびり~】
のどかな明石城
ホームからも一望^^
 なぜ明石なのか?と問われますと答えはただ一つ。「そこにお城があるからさ」です(爆)これは冗談でも何でもなく、明石城のスケッチはまだ書いていませんでしたので、この際にと明石を選びました。
 明石ではとりあえずは明石焼を食べに行きました。ただ行ったお店は後で調べた所名店だったようで、味も確かに美味しかったです。しかしアルバイトの女の子の態度が最低で、それだけが残念でした。忙しいのはわかりますが、いきなり向こうで注文を決定してしまうのはちょっと頭にきました。ですので次回は違うお店で食べようかな、と考えてはいますが^^;
 とそんな嫌な気分を振り切り、いよいよ明石城へ入城です。この明石城ですが、実にのどかで本当に良かったです。史跡としてよりも市民の憩いの場といったお城で、スケッチしている後方で若い子たちがボールなどでのどこかに遊んでおり、本当に落ち着くことができました。またこの日は最高のお天気で、平和な夏の一日を過ごすことも出来ました。結局明石でぼーとすること3時間、雲を眺めたり、夕陽に染まるお城を見たりなど優雅な時間となりました。またこうした旅行をしてみたいですね^^
 と今回は究極にハードな旅
と究極にのんびりとした旅の複合体といった形になりました。ああ、書いていてまた旅行がしたくなる~^^;;

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