一海漫遊記【夏旅行2003】

2003年夏旅行~第1日目・8月11日~【大阪―豊橋―(飯田線)―松本】
2003年夏旅行は運良く5日も休暇が取れたため、無謀にも四大国宝名城を中心に旅行プランを立てました。今回はまず信州を手始めに旅行しようと飯田線へと向かいました。
●豊橋・吉田城

当初は長篠の馬防柵を見てやろうと考えていたのですが、飯田線発進の地である豊橋で考えが変わりました。それは豊橋駅構内で「吉田城」の字と写真を見たからです。馬防柵も捨て難いが、吉田城も描きたいーと葛藤すること10分(短い^^;)。ついに絵を描きたい欲望にかられ、吉田城へと足を向けました。

かつて池田輝政も居城とした吉田城。

吉田城は豊橋駅から歩くこと十五分ほどの場所にあります。かつては関ヶ原前夜は池田輝政の居城でしたが、櫓と公園全体に残る城郭跡のみが当時を偲ばせるばかりです。今は市民公園になっており、建物は上記の櫓しか残っていません。お城好きか私のようにイラストを描くのが好きな人間以外にはあまりお勧め出来ないかもしれません。しかし久方ぶりのスケッチに堪能してしまい、本当にのんびりとすることが出来ました。

豊川から見た吉田城外観。

吉田城は豊橋市内を流れる豊川に面しています。ただ吉田城全体が鬱蒼とした草木に埋もれていますので、見落としてしまう可能性があります。吉田城見学後はお城の裏手にある豊川から橋に登り、見てみるのも一興です。
●決戦であーる!!(『究極超人あ~る』調(笑))飯田線の旅

中部地方のJRでよく見かけるポスター。落ちかけているレゴブロックのおじさんが良い味出してます^^

ふふふ。光画部の底力を見せる時が来たようだな―という台詞は知っている方は知っている『究極超人あ~る』(ゆうきまさみ原作)に登場する鳥坂さんの言葉です。そもそも信州に向かうのに飯田線を使うこと自体が『あ~る』ファンの証のような気がします。と申しますのは飯田線は各駅停車で信州まで9時間もかかるからです。しかしこの9時間は時間にさえ余裕があれば結構楽しめます。のどかな電車の光景や天竜川を眺めながらの9時間は捨て難いものがあります。また『あ~る』のOVAをご覧になられた方はより一層楽しい旅になるでしょう(マイナー話ですんませんm_m)

飯田線の電車から見る天竜川。
さて9時間もの時間を費やしてようやく松本に辿り着いたのは夜の9時。物の見事に店は閉まっており、松本市内のラーメン屋さんでラーメンを食し、第一日目は終了しました。
2003年夏旅行~第2日目・8月12日~【松本―上田―小淵沢―松本】
第二日目は松本を拠点に今まで行きたかった信州探索に出かけました。まず初めに向かったのは、関ヶ原合戦で徳川秀忠の大軍を少数で足止めをした真田家の上田城です。
●真田家縁の上田城


上田といえB真田。真田といえば六文銭です。
上田は新幹線が通るだけあって案外交通の便が良いです。松本からもすんなりと行けました。また駅自体も綺麗でした。
さて上田といえば真田家ですが、上田駅で早速六文銭を見ることが出来ました。

上田城大手門。
上田城は上田駅から徒歩5分ほどの場所にあります。電車の中からも見えますので、その位置も確認出来ます。当初上田城は大したことはないのでは?と不安に思っていましたが、中々素晴らしいお城でした。櫓も昔のままで、城郭もよく保存されていました。もっとも関ヶ原直後は辛酸を舐めさせられた徳川軍によって徹底的に破壊されたそうです。ただ江戸時代に再建された時は昌幸時代と大差のない縄張りになったそうで、さすがは真田昌幸というべきでしょうか^^

大手門櫓内の真田親子の人形。左から大助、昌幸、幸村。
という真田家とは切っても切り離せないお城ですので、城内は当然真田色ばかりです。この写真は大手門櫓内にある関ヶ原時の再現です。ちなみに昌幸・幸村親子は素襖・引立烏帽子姿です。
●大河ドラマロケ地・小淵沢

戦国の館入口付近。旗指物が興奮を誘う??
さて上田で真田家を充分に満喫した後は小淵沢の「戦国の館」へと向かいました。ここは大河ドラマのロケがよく行われる地で、『葵徳川三代』や『利家とまつ』の合戦シーンもこちらで撮影されました。
その戦国の館への行き方ですが、普通ですと小淵沢駅からタクシーで向かいます。しかしそれではお金もかかってしまいますので、ある裏技があります。その方法は・・・ここで公開するのはちょっと不適切ですので、小淵沢へ到着されてから観光案内所でお聞きください。とある送迎バスを利用すれば、無料で戦国の館へ行くことが出来ます。

『武蔵』のポスターが目印。
そのようにして戦国の館へ訪れましたが、目印は『葵徳川』で使用された旗指物と『武蔵』の看板です。看板と旗指物がなければうっかり見逃しそうですが、入口は看板の奥にあります。

戦国の館・全体の図。一見ハリボテとはわかりません。
そして戦国の館の全景です。予想してはいたのですが、やはり小さいです。もちろんすべてハリボテですが、見た目は本物そっくりです。こうした場所で甲冑オフなどをしてみたいですね^^


ロケに使用された盾と櫓。ううん、一海コレクションにくわえたい~(コラコラ^^;)
城門内には一海の欲しい撮影グッズが置いてあり、思わずお土産として持って帰りたくなりました。しかしその思いが少しばかり報われました。何と撮影で使用された旗指物が販売されていたのです。少しお金がやばかったのですが、無理をして5種類の旗指物を購入しました。詳細は「こんなん手に入れました」もしくは「一海コレクション」をご覧ください。
こうして信州第一日目は過ぎ去っていきました。
2003年夏旅行~第3日目・8月13日~【松本―上諏訪(諏訪高島)―松本―名古屋】
●お勧めの地・諏訪

JR上諏訪駅名物の足湯。電車を待つ間のユートピア♪
さて信州第二日目。実は先日に諏訪へは寄っていたのですが、時間がなく、この日に諏訪観光を持ち越しました。先日は駅構内にある足湯を堪能しただけで終了しました。ちなみに上諏訪駅の足湯は構内に入れば誰でも無料で使用出来ますので、是非諏訪へお越しの際は利用してみてください。

今回一海的メインの諏訪高島城。
諏訪といえば諏訪大社ですが、一海的には諏訪高島城が第一の目的です。このお城は以前から訪れたかったのですが、中々機会がなく、訪問の機会を逃してきました。今回の旅行プランは国宝四名城と諏訪高島城を中心に立てましたので、辿り着いた時は嬉しかったです。また生憎の雨でしたが、運良く薬局屋さんの軒下をお借りすることが出来ましたので、雨に濡れずにスケッチも出来ました。
ちなみにこのお城で吉良上野介の養子・左兵衛義周がその生涯を閉じています。義周のお墓は城内ではなく近郊のお寺にあります。
●国宝名城その1:松本城

国宝・松本城。
さて諏訪高島城の次はいよいよ国宝・松本城です。このお城は日本一周旅行以来で、本当に最高でした。この日は凄い人出で天守閣に入るまでに20分待たされ、天守最上階まで40分もの時間を要しました。そのおかげでしっかりと城内が見学出来、本当に良かったです。

明治建築の代表の一つ・開智学校。
さて松本城を訪れた折に是非お勧めの場所が開智学校です。この学校は明治時代、小学校制度が出来た折に全国に先駆けて建築された近代的校舎で、必見の建築物です。松本城から徒歩3分ほどですので、是非寄ってみてください。

松本市内にある古書店。やはり松本城がモデル??
松本城と開智学校を後にした帰りに見つけた面白い古書店です。おそらく松本城を象ったものですが、記念にと思い撮影してしまいました^^こうして途中購入した信州名物のおやきを食べながら一路名古屋へと向かいました。
2003年夏旅行~第4日目・8月14日~【名古屋―犬山―彦根―倉敷】
信州の次は大学時代、中国語を教えていただいた先生にお会いすべく、名古屋へと向かいました。もう先生ご夫妻にお会いするのが恒例行事になっており、名古屋はここ数年毎年訪れています。今回は桶狭間へ訪れようと考えていたのですが、予定を変更して犬山城のみになってしまいました。
●国宝名城その2:犬山城


別名「白帝城」を偲ばせる外観。
犬山城へ訪れるのも日本一周以来でしたので、楽しく拝観できました。
さて四大国宝名城の一つである犬山城は李白の詩に基づいて別名「白帝城」と呼ばれています。三国志ファンでしたら思わず劉備終焉の地を思い浮かべるでしょうが(かく言う一海も同じ^^;)、中国で白帝といえば李白の詩が連想されます。

国宝犬山城。
さて少し坂を登ってようやく犬山城天守閣に到着します。このお城はこじんまりとした天守閣ですが、昔の木造建築を肌で感じることの出来る数少ない建築物です。また犬山城は日本で唯一その所有が個人であることでも有名です。持ち主はかつての城主であった成瀬家で、成瀬家は御三家・尾張徳川家の付家老の一家です。

秀吉気分で小牧を遠望。
犬山は尾張家家老の居城で有名ですが、もう一つ忘れてはいけないのは小牧・長久手の戦いの折に秀吉軍の本営になったこともあります。天守閣からは徳川陣営の小牧山が遠望出来ますので、是非秀吉気分になって小牧山を遠望してみましょう。ちなみに見えにくいですが、中央よりやや右に見える山が小牧山です。
●国宝名城その3:彦根城

国宝・彦根城。
さて犬山の次は豪華に四大名城の一つ・彦根城です。このお城へはもう五度ほど訪れましたが、建物がよく保存されており、見応え抜群です。また麓の博物館は井伊の赤備えで有名な赤桶川胴の甲冑や能装束など、こちらも見応えのある展示物が見ることが出来ます。

井伊直弼が藩主になるまで過ごしたという埋木舎。いつになったら拝観出来るのだろうか??
ところで彦根城の外には井伊直弼が藩主になるまで過ごした「埋木舎」という建物があります。この名前の由来は部屋住であった直弼が自分の境遇を埋もれ木のようだと悲観したところから付けられたものです。しかしこの埋木舎には三度訪れたのですが、一度も入ったことがないのです。一度目は阪神大震災の影響で入れず、二回目は定休日、そして今回は諸事情により休館で入ることが出来ませんでした(涙)ああ、一体いつになれば入ることが出来るのでしょうか??ううん、大老・井伊直弼恐るべし!(意味不明)

JR彦根駅前にある井伊直政像。
そして最後に彦根藩初代藩主の井伊直政の銅像です。さすがは徳川四天王の一人だけあって凛々しい銅像です。
こうして彦根を後にし、次は(何故か)倉敷へと向かいました。
2003年夏旅行~第5日目・8月15日~【倉敷―高松―姫路―大阪】
●実は大鎧目当て??高松編
彦根の後に何故、倉敷へ行ったのか―。それは四大名城最後の一城・姫路へ行くためと、高松へ行くためです。本当は岡山で宿泊するつもりでしたが、ホテル事情により倉敷へと変更したのです。その高松ですが、目的の一つはもちろん高松城をスケッチすることでしたが、もう一つの目的は香川県歴史博物館に寄るためです。

高松城。
さて高松城ですが、この日も雨で大変でした。しかし、ここでも運良く某クリニックの軒下を借り、濡れずにスケッチが出来ました。このお城は珍しい海水を堀に引き込んでおり、水戸黄門の兄・松平頼重が封ぜられています。このお城へ入るには入園料が必要ですが、そのチケットを持参すれば隣にある香川歴史博物館が割安になります。
その博物館ですが、何故寄ろうかと考えたのは・・・そう、体験学習室でも大鎧が試着できるからです。こちらでは受付のお姉さんに申し出ればいつでも着用出来ますので、大鎧を着用してみたい方は是非寄ってみましょう^^
【大鎧を着てみよう♪~香川県歴史博物館編~】

光山堂製の大鎧です。体験用に製作したものです。ちなみに当世小札製でした。


大鎧着用の図です。直垂はあるらしいのですが、普段は普通の衣服の上から着用します。そのため両篭手・佩盾・喉輪も着用しました。しかし弓が持てるのは良かったです^^

そして大将のように坐る一海。いつ行っても大鎧が着用出来る所は珍しいですので、高松を訪れましたら、是非寄ってみましょう♪・・・とこんな感じで大鎧の着用法を研究してきました。その他にも体験学習室では色んな体験が出来ます。例えば・・・

実際に弾ける琴。
平安貴族の気分で琴を弾いてみたり―

侍烏帽子、冠、高烏帽子、立烏帽子も被ることが可能。
色んな烏帽子を着用して遊ぶ・・・いえいえ体験してみたり・・・


女房装束も着用出来る。
大鎧のほかにも女房装束もありますので、女性の方にはこちらもお勧めです。
●国宝名城その4:姫路城

国宝・姫路城。
高松で存分に遊んだ後は今回の旅行最後のしめ、姫路城です。姫路は彦根以上に何度も足を運んでいるお城ですが・・・さすがにその素晴らしさは断突です。雄大な天守閣もさることながら、城郭がこのお城ほど美しく残っている所はありません。またこの時も雨でしたが、雨天の名城も静寂が伴って素晴らしかったです。

現在公開中の開かずの部屋。小説『宮本武蔵』ではここで武蔵が幽閉されたとある。
ちなみに2003年は大河『武蔵』に因んで、宮本武蔵が幽閉されていたという開かずの間が公開されています。開かずの間では武蔵の人形があり、小説の一幕が再現されていました。

とこんな感じで2003年の夏旅行も無事終了いたしました。今回は四大国宝名城を一挙に見ることで、その違いを比べることが出来ました。また新たに一海コレクションも加わり、かつ大学の先生ご夫妻とも再会が出来、素晴らしかったです。また来年の夏にこのような旅行がしてみたいです^^

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